伊勢崎銘仙の絵柄の魅力ってどんなところ?

伊勢崎銘仙の絵柄の魅力ってどんなところ?

伊勢崎銘仙の絵柄を初めて見たとき、多くの人はまずその「自由さ」に驚くでしょう。伝統に守られ、堅苦しいと感じる「着物」とは違い、華やかでモダンで、ある意味着物業界では異質な存在感である伊勢崎銘仙に、私自身も驚かされ、その魅力に取りつかれています。

大正から昭和初期にかけて全盛期を迎えた伊勢崎銘仙、今から100年近く前に生まれた柄でありながら、現代の私たちの目にも新鮮に映る。今回は、その理由をいくつかの角度からご紹介したいと思います。

 

幾何学と自然が、ためらわず混ざり合う

伊勢崎銘仙の柄の特徴のひとつとして挙げられるのは、幾何学模様と花や草花などの自然モチーフが、同じ生地の中で自由に共存していることです。ダイヤや格子といった図形や幾何学模様の隣に、ふっと柔らかな花の輪郭が現れる。本来であれば「合わない」とされがちな要素を、銘仙のデザインでは気にせず組み合わせています。

私もデザイナーとして、伊勢崎銘仙の絵柄には驚かされることも多いです。正直にいうと、「絵が上手なのか下手なのかわからない」絵柄も多いですが(笑)。でもその上手いと下手の微妙なラインが不思議と「かわいい」に繋がっているのだと思います。

 

色の組み合わせに、迷いがない

銘仙の柄を語るうえで欠かせないのが、色使いの大胆さです。補色同士を隣り合わせたり、強い色を惜しみなく面で使ったり。一般的な配色のルールに収まらない組み合わせが、銘仙には数多く存在します。それでいて、品が崩れることはありません。派手なのに、どこか洗練されている。MEISENNEの商品でも、大胆な色合わせのものと、淡く可愛らしい色合わせのものがありますが、いずれにも共通しているのは、この「迷いのなさ」です。

 

絣(かすり)が生む、輪郭の揺らぎ

銘仙の柄をよく見ると、輪郭線がはっきりとまっすぐではなく、わずかに滲んだり揺れたりしていることに気づきます。これは染織技法や織技法に由来するもので、織ってから絵柄を描くのではなく、糸を染めてから織るために生まれる、手仕事ならではの特性です。この「揺らぎ」があることで、柄全体に温かみと奥行きが生まれています。

 

「正統派の着物」を飛び越えて、惚れ込む人たちがいる

伊勢崎銘仙の絵柄をめぐっては、近年「アンティーク銘仙」を愛する人たちのあいだで、独自の盛り上がりが続いています。正統派の着物には、格式や着付けの作法など、どこか敷居の高さを感じてしまう人も少なくありません。けれど伊勢崎銘仙には、その壁を軽々と飛び越えてしまう力があります。「こんなに可愛い着物があるなんて」と、絵柄の魅力に圧倒されて、いわゆる「銘仙沼」にハマってしまう人が後を絶たないのです。

その理由のひとつは、銘仙がもともと「普段着」だったという気軽さにあります。格式を気にせず、好きな柄を好きなように着ていい——その自由さが、現代の感覚にもすっと馴染むのでしょう。
SNSでは、銘仙の下にロングスカートを履いたり、袖口からレースをのぞかせたり、帯の代わりにハードな革のコルセット締めたりと、和と洋を自在に行き来するコーディネートが日々発信されています。大正時代に「自分らしさ」を選ぶための柄だった銘仙は、100年の時を超えて、今も「自分らしく着る」ための柄として愛され続けているのです。

 

一枚の生地の中に、物語がある

伊勢崎銘仙の柄をよく見ていくと、ひとつの柄の中に複数の要素が重なり合っていることに気づきます。幾何学模様の中に小さな花が隠れていたり、見る角度によって模様が浮き上がってきたり。遠目で見たときの印象と、近くでじっくり見たときの印象が変わるのも、銘仙の柄の面白さです。

 

「自分で選ぶ」ための柄だった

伊勢崎銘仙が「庶民のハレ着」として親しまれていた背景には、女性たちが自分の好きな柄を、自分の意志で選べるようにという想いがありました。幾何学的で凛とした柄を選ぶ人もいれば、花柄で可愛らしい印象を選ぶ人もいた。柄の多様さは、当時の女性たちの「自分らしさ」の選択肢の豊かさそのものだったと言えます。

 

100年近く前に生まれた柄が、今もなお新鮮に見える理由。それは、自由な発想、迷いのない色使い、手仕事の温かみ、そして「自分らしさを選ぶ」という想いが、柄そのものに織り込まれているからです。そしてその魅力は、今も多くの人を惹きつけ、新しい形のファンを生み続けています。

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